―奇跡―

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 兵士からの非難に不可解そうな顔をしたヒナフィは一瞬で踵を返し、大聖堂の中へと駆けて行く。申し訳ない気持ちで一杯だけど、一回ぐらい我侭になろう。そっちは頼んだよ、みんな。 「……はッ。なんだよセレナ、やっぱお前って姫様なんだな。あんなに皆から好かれてる」  窓枠に降りたカイルは、眼下から野次を飛ばしてくる兵士を見ながらそんなことを言う。そんなことを言いながらも、アタシを放してくれる気は無さそうだ。 「……そりゃ、ね。知らなかったのかいカイル、アタシってお姫様なんだよ。エミルあたりに譲ってあげたいとも思うけどさ、だけど譲りたくもないのさ」 「へえ、なんでだ」 「あんなに優しい国のお姫様、譲りたくない」  アタシの過去を、受け入れた上で傍に居てくれる皆。  狼の遠吠え、牛の唸り、豹の威嚇。萎縮しそうなその行為を笑いながら出来るアンタらの姫様なんて、そんな面白い立場もないだろう。とはいえアタシは、猫なで声で応えられる程に女の子らしくもないんだけどね。  思えばアタシは――いや、そんな始め方をしちゃったらまるで、何も気付いていなかった、みたいになるのかねえ。それはとっても、ズルいんだろうさ。言い換えよう。  いつだって、アタシは。  誰よりも守られてきたのかも、しれない。アタシという存在は、本当に希薄な存在だった。放っておけば暴走して、隠さなければ居場所も無くて。そんなアタシが生きてこられたのは、守られてきたからなんだろうね。  アタシは一度、エミルと話してみたかった。エミルは、強く生きろというマルタの言葉を履き違えたアタシに、それは違うと言ったらしい。そう、あのコは心の底では分かっていた、守られる事を嫌がるのは間違いだってことに。  葛藤していたんだとも思う。自分の事情は分からなくとも、他人の事情は分かってしまうというのは常識だ。私情が入りさえしなければ、冷静な思考ってのは可能なんだろう。
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