Introduction-少女の憂鬱-

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 その日、冴原凜が目を覚ましたのは午前五時をまわった頃だった。  いつもより一時間ほど早い覚醒。窓の外は静かで、耳に届くのはかすかな鳥のさえずりだけだった。だが、その朝はどうにも目が冴えている。この後は無理に眠れそうも無い。  ベッドから起き上がった凜は枕元で沈黙している目覚ましのボタンを押し込んで、『さてこの時間を何に使うべきか――』などと考える。微かな空白の時間、その後に彼女は起き抜けの顔を洗うべく、とりあえずは寝間着姿のまま、階下の洗面所へと赴いた。  冴原家の洗面所は階段を下りたすぐ先にある。  凜は古めかしく急な造りの階段を危なげなく下り、すぐ真正面に見えた扉を緩慢な動作で押し開けた。  この時間の洗面所は凜が思っていたよりも格段に明るかった。ここに辿り着くまでの経路に窓が無かったせいもあるのだろう、浴室の窓から扉の磨りガラス越しに差し込む朝の光は、彼女が思わず目を細めてしまうほどに清らかで、同時に暖かな明るさだった。 "そうか――こんな時間でも日が昇るほど、この季節の朝は早いんだ"  時節は六月の半ば。一年でもっとも日照時間の長い頃であることを、凜はふと思い出す。  これも早起きの徳というものだろうか。普段は味わうことの無い澄んだ感覚に、凜の心は不思議な安らぎを覚えていた。
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