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洗面台の鏡に映り込んだのはすでに見慣れた自分の姿。そこには右目に翠緑の瞳を宿した無愛想な自分が立っている。
先天的なオッドアイ。左に黒、右に緑という不揃いな色は、彼女にしてその在り方を憂鬱に思わせる。
日本人の基本色が両揃いの黒である以上、その変わった色合いは時として必要以上に他人の目を惹いた。それが原因となって、初対面の人間から気を遣われることなど彼女にしてみれば日常茶飯事のことである。
そこら辺の事情こそ、彼女が無造作にも髪を伸ばす由縁たるところである。
彼女にとって、他者の好奇心というものは肌で感じるものだった。
わざわざ言葉を口にして問い質すまでも無く、なにとなしにそれがわかるのだ。
それも幼少からの経験によるものだろうか。
こと外界から向けられた視線に関して、彼女は諦めを通りこして悟りに近いものを持っている。
物心つく前より周囲から奇妙な目つきで取り扱われて来たならば、それも当然のことだろう。人間とは総じて未知の存在に対して懐疑的である。彼女はその心を幼少の頃から無心に感じ取り会得した。
まさに仙人もかくやという順応ぶりである。
そんな彼女ではあったが、それでもやはり、終日に渡って衆目の意識を受けるというのはいささか息苦しいものだった。
その点における妥協策こそ、この髪型である。
少なからず見栄えは劣るものの、それでも右目を前髪で隠すことで多少なりとも注目の方向をそらす効果はあった。
無頓着な髪型というのもそれはそれで目を引いたが、それもさして大きな問題では無い。ここで肝心なのは対象の違いである。
呼吸をするように他者の好奇心を感じ取る彼女にとって、どちらかといえば今の形のほうがトゲが少なく気が楽だった。その違いを言葉にするなら、容赦なく突き刺さる弓の矢と周囲に雲然とわだかまる霧のようなもの。
うっとうしいだけで実害のない分、後者のほうがまだ安全だろう。
元来、人との接触にはどこか無関心な凜である。外見の面で少しばかり周囲からヒかれようとも、心の安寧としては今のほうが幾分かマシに思えたのだ。
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