Introduction-少女の憂鬱-

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「いただきます」 「いただきます」  中央の食卓を挟んで二人。卓上に並べられた食事がこうばしく香りを上げる中、凛と修は静かに手を合わせてそう言った。  食卓には白飯、豆腐の味噌汁、塩鮭の焼き魚。その三品を主菜として、あとは数点の副菜が食事に彩りを添えている。  質素ながら、その朝の献立は和食としてオーソドックスな品揃えだ。それ故か、畳敷きが青く薫ずる居間の趣に、それらの品目はよく馴染んでいるように思われた。  修が一口、味噌汁を啜ってから何かに感心した様な口ぶりでポツリと呟いた。 「この味噌汁……出汁がよく利いてる。味付けもちょうど良いし、凜も腕を上げたなぁ」  その日、食卓に並んだ味噌汁は凜がこしらえたものだった。  決して、料理が苦手ではない凜であったが、この賞賛には照れくさいものがあったのだろう。彼女は僅かに頬を赤らめて、口を尖らせながらこう言った。 「た、たまたま上手くいっただけだってば。  マトモなのは味噌汁くらいで、他の料理は父さんと比べたら全然だもん。  焼き物なんて、いまだに感覚がよくわからないし……はぁ、私も父さんみたいに何でも上手に作れればいいのに……」  嘆息まじりの反駁はどこか力なく朝の空気にふわりと消える。  修の賛辞に対して、凜には少々不満があった。だが、それは父へと向けられたものではない。それはどちらかといえば逆向きに、自らへ向けてその未熟さを訥々と呪うものである。  既に述べたことであるが、彼女は決して料理が下手というわけではない。むしろ、一般の水準から見ればその腕前は上々というところである。  そんな彼女が自らの腕前を指して未熟と卑下する事情には、ひとえに目標とする壁の強大さが由縁として大きくあった。  先の言からも解ることだが、こと料理において凜が目標とするのは、今、彼女の真正面でのんきに味噌汁を啜る彼女の父親その人である。
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