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「まあ、それなりに。慣れない事も多いけど」
君のこととか。
「砂君は適応力がないねー。世界が明日から氷河期を迎えたらどうするの? そんなんじゃ生きていけないよ」
「適応力でどうにかなる問題じゃねえよ……」
僕の言葉に彼女は、それもそうだねー、と言って笑う。
ちなみに、『砂君』とは僕のことだ。
彼女に初めて会った日、「名前は?」という質問に答えないでいたら勝手に名付けられた。砂漠にいたから砂君だそうだ。短絡的というか、適当なネーミングである。
彼女は浴衣の袖から丸い棒付きの飴を取り出すと、ビリビリと包みを破き始めた。
「食べる?」
包みを破いたばかりの飴を口に咥え、袖から新たに取り出した飴を僕に差し出す。
「いや、いいよ。夢の中じゃ味なんてしないだろうし」
「ほーかほーか」
と彼女は特に残念そうな様子を見せることなく、飴を袖に戻す。
味のしない飴を舐めているはずなのに、それを口の中で転がしているだけで彼女は幸せそうだ。
安い幸せだなぁなんて思ったけど、案外、人間にとってはそういった手頃な幸せのほうが良いのかもしれない。大きすぎる幸福は人を傲慢にする。
僕達はしばらく何も話すことなく、ただぼんやりと過ごした。風が砂を巻き上げる音が心地いい。
「よしっ」
がりっ、と飴を噛み砕く音がして、それを掻き消すようにぱんっ、と彼女は一度手を叩く。
「今日こそさ、一緒に冒険に行こうよ」
彼女は満面の笑みでそう言って、僕の手を引く。口の中に飴の欠片が見えた。
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