第一章:現実の外側、非現実の内側

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 ずっと聴いていたからか、余韻のように頭の中で反響し続ける『亜麻色の髪の乙女』を小さく口ずさみつつ、僕は十秒ほど目を閉じる。  そうして考えるのは明日の予定だ。だけど十秒で立てた予定は、朝一番に大学に行き研究室でレポートを印刷して教授に提出する、ただそれだけの事だった。そもそも、超インドア派の僕に大学以外の予定があるほうが珍しいのだ。  前にどこかで、『コーヒーに砂糖を入れると対睡効果は薄れる』なんて話を聞いたからブラックコーヒーを飲むことにしたけど、今更ながらに後悔する。  そんな確証のない記憶は無視して、普通に砂糖を入れればよかった。残り少ない液体をちびちびと胃に流し込む。  コーヒーを飲みながら僕の目が捉えたのは、机の上に無造作に置かれているCDだった。 『グスタフ・マーラー』『リヒャルト・ワーグナー』『ヨハネス・ブラームス』『クロード・ドビュッシー』……。どれも僕には馴染みのない名前ばかりだ。音楽を聴くのは好きだが、こういった類の曲は好き嫌い以前に、そもそも耳にする機会がなかった。  これらのCDは僕の物ではなく、栞の所持品だ。  色々持ってんなーとか思いながら、欠伸をもう一度。コーヒーを飲みながらだったから、「ごぼぼ」と軽く窒息しかけたのはご愛嬌である。  ようやくコーヒーを飲み干し、空になったコップを持って台所へと向かう。その途中、こんな時間にも関わらず寝室から明かりが漏れていることに気が付いた。  レバータイプのドアノブに手を掛け、扉を開ける。 「栞ー」と眠気を含む間延びした声で呼びかけながら顔を覗かせると、ベットの上で正座をしてうとうとしていた栞がゆっくりと顔を上げた。  表情には眠気と、それを我慢しようという意思が混ざっていた。
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