第一章:現実の外側、非現実の内側

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「まだ起きていたんだ」  僕の問いに、栞は目を閉じたまま小さく頷く。  僕と同じで夜更かしをしない、というか苦手な栞がこんな時間まで起きているなんて奇跡のようだ。  ……この程度のことが奇跡だなんていくらなんでも安すぎる気がするけど、十時には眠気と戦い始める栞にとってはやはり、十分に奇跡だろう。よく敗戦しなかったと褒めてあげたいくらいだ。 「終わった?」と彼女は言った。 「終わったよ」と僕は答えた。 「ずいぶん時間が掛かったね。そんなに手直しが必要だったの?」 「いや、教授に直すよう言われた部分はすぐに終わったんだけど、自分で読み直している内に書き足りないところがあるのに気付いて。それを足していたらこんな時間になった」  彼女は僕の言葉に、ふふふ、と小さく笑った。 「そう。でも間に合ってよかった」 「ん? 提出期限までまだ時間はあるけど」 「わたしが眠る前に終わって良かったってこと」 「もう限界?」  ん、と彼女は頷き、もぞもぞと布団に潜り込んだ。どことなく実家で飼っている猫の動きに似ていて、自然と笑みが零れる。 「それじゃあ僕は帰るけど、夏とはいえちゃんと布団は掛けて寝ろよ。コップは洗っておくから。あと、鍵も僕が掛けておく」  そう言って回れ右をしてから部屋を出ようとすると、一瞬の間の後、がばっ、と布団を跳ね退ける音が背後で生まれた。  何事かと振り返ると、先程まで眠そうにしていた栞が対戦相手をどこかに吹き飛ばし、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で「え、帰るの?」と言った。
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