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栞を引き剥がしベッドに寝かせる。
夏ということもあり室内は非常に暑いのだが、ここの家主は冷房が苦手なため文明の利器に頼ることはできない。しかも扇風機も駄目らしいので、彼女がこの国の夏をこれまで乗り越えてこれたのは奇跡と言ってもいいだろう。
……奇跡の安売りどころか、ワゴンセールが始まりそうな勢いだ。
「そうだ」せっかく一緒に寝るんだし、と目を閉じている栞に頼み事を伝える。「明日は九時くらいに起こしてくれると助かる」
「んー、いいともー」
昼に起こされそうな気がしないでもないが、そこは自業自得ということで。僕は起きるのが苦手なのだ。
苦手と言うより、起きれなくなったと言ったほうが正しい気もする。それも朝昼晩関係なく、一度寝たらなかなか目が覚めない。理由は分かっているが、説明したところで馬鹿にされること必至だ。痛い子扱いされてしまう。
なんと言ったって、『夢』が原因なのだから。
まあ僕自身、この現象のことはよく分かってないのだけど。
知っているのは現象の名前くらい。
「おやすみ」
多分、届かないんだろうなー、なんて思いつつも囁いてみる。
予想通り彼女に受け入れ拒否された言葉は宙を漂い、やがて部屋の空気に溶けるようにして消滅した。
僕は栞の寝顔を一頻り観察してからベッドの隅に潜る。密着していると暑くて寝れない。それに、彼女の寝顔を観察できるこの絶妙な距離感こそが、僕は大事だと思うのだ。
……『彼女の寝顔』と意味あり気に『』で括ると、なんだか妙にドキドキするな。
そんなつまらないことを考えながら、僕は目を閉じる。瞼の裏にしっかりと、『彼女の寝顔』を映しながら。
いざ、夢の世界へ。
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