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「こっちだ」
自分が置かれた状況を忘れ、紫陽花を眺めていた翔大をシオンが呼ぶ。
慌ててそちらを振り向けば、彼らは既に屋敷の入り口で待っていた。
「中へどーぞ」
ふわりと笑うイオリの目が、油断ならない色を宿していたのに、翔大は気付かなかった。
長い廊下を、前をシオンに先導され、後ろからイオリにややせっつかれる形で翔大は歩いた。
中庭と接している廊下は妙に暗く、シオンが持つ燭台の灯りが壁に濃淡のついた影を作り出している。
と、そこで、
「……!?」
ようやっと翔大は、おかしなことに気付いた。
――自分の影が、無い。
「にゃっ!」
ぴたり、と足を止めた翔大によそ見しながら歩いていたイオリがぶつかる。
先を歩いていたシオンがその声を聞いて、振り返る。
そして、あァ、と納得したように声をこぼした。
「何だ、やっぱり“そう”なんじゃねェか」
「ホントだー」
鼻を押さえて涙目になっていたイオリも、目の前の事実をあっさりと呑み込んだ。
混乱しているのは、翔大だけ。
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