4月6日

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「いち、さん、よん……?ひ、み、し……?」 誰かが、僕を呼んでいるようにも思えた。だが、生憎僕の名前は『いちさんよん』でなければ『ひみし』でもない。 殺伐とした教室。新学期を迎え受かれている中学生二年生で賑わう中で、きっとその人は僕を呼んでいるのだろう。 「僕は『いちさんよん』でもなければ『ひみし』でもありません」 そうやってキッパリ言えたなら、どれだけ良いか。だが、心の片隅で、自惚れるな自意識過剰野郎と罵る僕がいる。 もしかしたら、この教室には『いちさんよん』さんが実際にいるのかもしれない。呼ばれているのは僕ではなく、きっと『ひみし』さんなんだ。 そうやって、自分自身に言い聞かせていた最中だった。後ろから腕が伸び、肩を掴まれたのは。 「ヒィッ」 「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだが」 唐突すぎて、情けない上擦った声が漏れた。反射的に振り返ると、そこには大柄な男の子がいて。僕とは比べ物にならないくらい体格の良い彼は、申し訳なさそうに謝った。 それから、ニカリと爽やかに笑みを見せてくれて。幼い頃見ていた、特撮ヒーロー番組の主人公に似ている、と思った。 「俺と同じ第二小隊だよな?よろしく。ちなみに俺は遠藤長太郎」 「よ、ろしく……」 小隊、というのは実技演習において共に行動する、謂わばチームのこと。これから一年間、僕と彼は同じ第二小隊らしい。 短い春休みを終え、新たな年度の始まり。クラス替えをしたばかりで、見知らぬ他人に挨拶をしてくるとは。 僕と遠藤君は、正反対だ。 「……で、君の名前さ」 何て読むの?なんて、人生において数えきれないほど聞かれてきた質問だった。 同じ名字の人なんて、身内しか知らない。 「にない。にない、ぜんじ」 「おぉ、なるほど!一、三、四!『二』がないから『にない』か!」 消え入りそうな小さな声とは反対に、喉に詰まっていた物が通り抜けたようにスッキリとした様子の遠藤君の声。 正直言うと、少し五月蝿い。 それから大きな手のひらで数回背中を叩かれた。終始笑顔だったことから読み取ると、彼なりの挨拶らしい。 「ま、これからよろしく頼むぜ、ニナイ君!」 一言だけ言い残し、彼は去っていった。去っていった、と言っても同じ室内にいた彼の友人らしき生徒のもとへ駆け寄っていったのだが。 遠藤君とは、出来ればよろしくしたくない気がした。
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