――第一章――

4/15

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
歌宮の捲られた袖からは、細い腕が突き出している。 その腕には無数の細い傷痕が広がっている。 リストカット。普通は隠すようなものだが、歌宮は敢えて傷痕を見せびらかしている。 「嫌だよ。あんな自傷するやつ」 「でも、おまえの目はときどき歌宮愛華のこと見てるよ」 「僕が? そんなことはないよ」 「本当か? 隠さなくていいよ」 「隠してなんかないよ、僕は――」 言葉を遮るように、ガラスの割れる音が上の階から鳴り響いた。 教室に走る静寂。 上の階から聞こえる悲鳴。 生徒たちの視線はカーテンを捉える。 パラパラと降るガラスの破片。 落ちていく人影。 「まじ……かよ……」 窓際の生徒たちが一斉に立ち上がり、カーテンを開いた。 「見ては駄目!!」 森崎が咆哮をあげた。 その言葉に金縛りにでもあった如く生徒たちは動きを止めた。ただ一人を除いて。 「歌宮さん。止まりなさい」 窓際にゆっくりと足を進める。 「聞いてるの? 止まりなさい!」 止まらず足を進める。 窓に手を掛けたとき、やっと森崎が動き出した。 「見ては駄目!」 沈黙が走る。 歌宮の頭は、窓の外に出た。 その瞬間、森崎が歌宮の腕を引いて、頭は教室へと引っ込んだ。 「人の話しを――」 「へっへへ、へっへへへへ」 細い笑い声が森崎の言葉を詰まらせた。 歌宮は口角を吊り上げて、今見たぐちゃぐちゃになった死体を頭の中で反芻しては、笑った。 「楽しくなってきた……」 歌宮の口から溢れる小さな声。 左手には読み始めたばかりの小説が握られていた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加