悪縁契り深し

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「はあ? 結婚してくださいの間違いだろ? おい、山岸様結婚してくださいって言い直せ。そしたらしてやるよ」 「はあ? てめぇなめてんじゃねぇぞ。私がせっかく受けてやってんだから喜べよ。お前の人生でこれ以上の幸福は訪れねぇんだから、この瞬間をずっと嚙みしめてろよ。それを嚙むことだけに集中してろ。飯は食うな。そのまま餓死しろ」 「言葉選びが悪質過ぎんだよお前は。あ、結婚したら毎晩抱かせろよ」 「どのシチュエーションでもキモイってすごいよね。普通はマシな時もあるもんだけど、あんたってずっとキモイもん」 「うるせぇクズ」 「てめぇだろうが」  俺達はいつも通り、無遠慮な言葉を投げ合った。そこに思い遣りはなく、お互い気ままな言葉を吐く。それは俺達にとって禁じられた行為だが、この関係は唯一それが許される。こいつだけはそれを受け止められる。  人生とはまことに不思議なもんだ。  何事も無く流れることはない。小石や木の葉が紛れ込むだけでも波紋は起こり、大きく波及していく。  人との出会いによって、大きな変化をもたらす。  結婚なんて考えたこともなかった。きっと関わりの無い他人事だと決め付け、無関係だと考えていた。自分には関係ないと思っていた結婚が自分の事になるとはな。しかも相手がとてつもないクズとくるから驚きだ。  結婚すれば何かが変わるのだろうか。一緒に住み一緒に時間を過ごし一緒に年老いて行く。  俺とクズの歪んだ関係はこれからも続くだろう。どれだけ混沌とした結婚生活になるのかは想像もつかない。  いつからか思い通りのままに事を進めてきた。思いのままに運び、サプライズやハプニングとは無縁だった。  しかしクズと生活するのだ。サプライズやハプニングは多々あるだろう。厄介には事欠かなそうだ。  悪くないのかも知れない。そんな予想だにしない展開や思いもよらない展開に悩まされる毎日も存外楽しいのかもしれない。万能過ぎるが故に退屈していたところだ。それぐらいのハンデが丁度良いのかもしれない。  話し込んでいる間に日は沈み、夜のカーテンが降りている。海辺に外灯などある筈もなく一面真っ暗闇だ。真っ暗な海辺は、吹き荒れる風と相まって不気味な雰囲気を醸し出している。  そろそろ帰ろう。体が本格的に冷え込んできた。このままでは凍死してしまう。まだ死ぬわけにはいかない。クズの死に様を見るまでは死ねないからな。 「帰ろうぜ。腹も減ったし寒いし、早く帰ろう」 「そうね。あんまり遅いと心配されるし。既にちょっと手遅れだけど」 「何が手遅れなんだよ。お前の頭?」 「まあ遺言だし大人しく聞いといてあげる」 「勝手に殺すんじゃねぇよ」 「え? 多分死ぬよ? だって私を暗くなるまで連れ出しちゃってるもん」 「……え?」 「あーあ、父さんに殺される。せっかく婚約したのに残念だねー」 「嘘だろ? ちょっと日が沈んだぐらいじゃん。え? マジで?」 「御愁傷様」 「いやだああぁぁあ! 頼む! 助けてくれ! 説得してくれ!」 「出来ないことはないけど、嫌。かな?」 「とびきりの笑顔で言ってんじゃねぇよ! 俺達の仲だろ!」 「やだなぁダーリンったら。往生際が悪いんだから。死んじゃえ」 「軽く言うなよクズ! 絶対にお前より先には死なん! お前の死に様を見るまでは意地でも生きてやる!」 「あっそ。私は数分後にあんたの死に様を見るけどね」 「クズ!」 「そっちもだろうがクズ!」  こうして俺達の歪な関係は深まっていく。深まるというのか落ちていくというのか、この関係は続いていく。  きっと永遠にわかり合えないだろうし、愛は芽生えないだろう。そんな正常な関係ではない。  けれども、退屈はしなくて済みそうだ。 「てめぇ結婚したら覚悟してろよ! 連日連夜犯してやる!」 「てめぇは今日が命日だよバーカ! それに結婚したとして触れられると思うなよ猿! 踏み潰してやるよ!」 「てめぇは本当にクズだな!」 「てめぇにだけは言われたくねぇよクズ!」  この関係の終着点がどうなるのか。それはまだわからない。
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