Ⅱ、闖入者と書生さん

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「重いものは止めた方が良いと兄さんが言っていたので。丁度、俺の朝食を取りに行った時に、作って貰ったのですが――」 「タイミング良いな」 「それ、俺も思ってました」  そう言って乙月は苦笑する。  そうなのだ。“湯気を立てて居る”という事は、彼が帰って来てからそれほど時間が経って居ない、という事。それは、俺が口にした通り『タイミングが良すぎるほど良い」と乙月も思ったのだろう。  それに、よくよく見れば、乙月自身……未だ少し眠そうにしているから、案外彼も起きたばかりなのかもしれない。  ――と、そんな事を考えて居た時。  ぐぅ、と俺の正直な腹は空腹の音を立てた。 「……、」 「お腹、空きましたか?」 「……らしい」  流石に恥ずかしくなって俯くが、余り乙月は気にしていないらしく、いつもの口調で問いかけて来る。それが逆に羞恥心を増大させる。  でもそこで、俺はふと思った。 (そういえば『空腹だ』って感じたのも……久しぶりだ)  それ程に、乙月という存在が、俺に安心感を抱かせてくれたのだろうか。 (――? あれ、でも何か……)  何かが違う、という感覚があって俺は首を傾げ、お椀を差し出し続ける律儀な後輩へと目線を向けた。 「って、乙月、お前……笑うな」 「え? ――あ、ああ。そういえば、俺、笑ってる感覚あります」 「実際、にやついてる」 「いつもは俺が子供扱いだから。何だか凄く新鮮で」  目線を上げた先で、思い出すように笑っていた後輩は、更に笑みを深めた。原因はどう考えても“俺の腹の音”で間違いは無いだろう。  思わず子供っぽく、ムッとして抗議しようかどうか迷う。  しかし、反面、その幸せそうな笑みがサッと隠されてしまうのも、何だか口惜しいのだ。  ――乙月は最近、感情表現がしっかり出るようになって来たと、こうして居ると凄く実感する。  そんな俺を見つめ、乙月はふと‥何か思い出すようにポツリと言葉を口にした。 「俺は、先輩と対等になりたかった、‥のでしょうか」 「はぁ、そうなんだ」  気の抜けた返事を返せば、乙月はコクリと神妙な表情で一度頷く。
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