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木漏れ日の中を一人の男性が歩いて行く。
胸当てに手甲、腰に下げた、地面に届きそうな程の長さをした剣。男性が歩く度にそれらは揺れ、耳障りな音を奏でている。
その音の合間に、一つの声が重なった。
「ロイ、早く早くっ」
それはまだ幼さを残した、少女のものだった。
ロイ、と呼ばれた、齢四十を間近にした頃であろう男性は小さく溜息を吐く。そして前を駆け足で進む少女の声に、言葉を返した。
「姫様、そう急がれなくても鳥の巣は逃げやしませんよ。それに、あまり大きな声を出さないで下さい。どうしてもと姫様が仰るから私が同行して来てはいますが、誰かに見付かった時に怒られるのは私なんですからね」
「そんなのいつもの事でしょう?」
ふふっ、と楽しそうに微笑んだ少女は後ろ手に手を組み、歩みの速さを変えようとはしない男性に駆け寄った。
二人の関係は俗に言う主従――一国の姫君と、それに仕える近衛騎士というものだった。
姫である目の前の、眩いばかりの銀髪に真紅の瞳を持った少女が生を受けてから早十四年。誕生して間もなくから彼女を見守ってきた彼――ロイは、当然のように手を取ってこちらを引っ張ろうとする姫君を見て、再度大きく息を吐き出した。
……今日も変わらず爛漫でいらっしゃる……。
何年経っても変わらない。他の国であらば、いやさこの国であったとしても、早ければ既に婿を迎い入れていてもおかしくない年頃だというのに。それもこの、戦乱の世の中――政略結婚だろうが何だろうがして、敵国を少しでも減らすことが急務であるようなものだというのにである。結婚どころか、見合いさえしようとしない。
それはまあ、確かに、彼女は半ば娘のような存在ではあるからして、それは少々寂しい気がしないでもないのだが、同じような年頃の我が娘を、その政略結婚で否応なしに嫁がせた身としては何を言う事も出来はしない。
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