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酷い事をした、とは思うが。
時代が時代であったならば、自らが選んだ相手に嫁がせてやりたかったとも思うが。
生憎――こんな時代である。
戦の絶えない日々。平和など夢のまた夢。この数年で一体幾人の友が亡くなり、幾多の国が滅んだことか。
それを思えば、いち騎士である自分にはあまりに差し出がましい考えかもしれないが、彼女の意思を無視してでも出来る限りの安全の中に置いてやりたい。
「もうっ、貴方は相変わらず私の言う事を聞いてはくれないのね」
彼の考えを知ってか知らずか、姫君はそんなことを言って頬を膨らませる。
姫様程の相変わらずも居やしませんよ、などと思いつつも、しかしこんな日々が続けば良いとも感じる。矛盾した心境に、思わず苦笑が漏れる。
「それにしても姫様、毎日のようにこの林に来てはあの鳥の巣を見ていらっしゃいますが、よく飽きませんねぇ? 正直私には、何が面白いのか分かりかねますよ」
城の裏手にあるこの林。腕を引く爛漫な姫君は、いつだったかに偶然鳥の巣を見付けてからというもの、ほぼ毎日彼にせびってはここに足を運んでいる。
「あら、そうかしら? 私としてはいつでもいつまででも眺めていたいくらいなんだけど。だってね、素敵だし不思議でしょ? 最初は小さな小さな殻でしかなかったものが、翼を広げて空を舞う鳥に成っていくのよ?」
「まあ、それは当然のことではありますけど……」
幼い頃は彼自身、不思議に思ったものだ。けれどそれなりに歳を重ね、妻子を持った今となってはその程度の事、気にすらしない。それはそういうものなのだと、ただただ俯瞰するばかりである。
こういう時に、歳を取ったなあ……、と感じる。己ではまだまだ現役のつもりだが、思いの外錆付いているのかもしれない。最近、よく妻にも言われるものである。逞しかった昔が嘘のようだと。
……そろそろ引退かなあ。いやしかし、宰相殿は御歳七十を迎えて尚現役でいらっしゃるのだから、私とて後十年や二十年……。
まあ、宰相と騎士は全く別物であるのだが。姫君の身辺に仕えること苦節十余年、ここまでくれば彼女が身を固めるまでは見届けたい。これもまた、ある種の親心というやつであろうか。
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