開幕

4/9
前へ
/11ページ
次へ
 そんな風に当て所もない考え事をしている内に、件の鳥の巣があるところまでやって来た。はっきり言って彼には、その小さな巣がどの樹にあったのかなんて逐一憶えてはいないのだが、どうしたことかこの姫君は印でも付けているかの如くすぐに見付けてしまう。それだけ興味深く思っているという事なのだろう。ようよう到着した今はその興味を示すように、彼を掴んだ手をそのままにして、瞬きさえ忘れて樹上に真紅の瞳を向けている。  ロイもそれに釣られ、鳥の巣を見遣る。  そしてふと、おかしな事に気が付いた。  ……鳴き声が全くしない……?  いつもなら喧しい程に鳴いているというのに、何故だか今日に限っては少しの鳴き声も聞こえてこない。よくよく観察すれば、ほんの少し覗かせていた、まだ柔らかそうな嘴も見えない。姫君もそれに気付いたのか、僅かに不安そうな色を顔に滲ませた。 「どうして今日は何も聞こえないのかしら……? ねぇ、ロイ、ちょっと見て確かめてきてくれない?」 「ふむ……、確かに気掛かりではありますね。分かりました、少し待っていて下さい」  まだ巣立ちには早かったはずである。ならば今は偶然眠っているだけなのだろうか。そんな風に懸念しながら、樹を上るには少々邪魔な胸当てと手甲、剣を地面に置いて比較的低い位置にあった枝に手を掛け、腕の力で体を持ち上げる。  幸いにして、その巣が作られている場所はそう高くない場所。ものの数秒でそこまで登った彼は巣の中を見、そして苦い表情を浮かべた。  そこには、散らばった羽毛が幾らか残っているばかりだった。  猛禽か蛇か、或いは他の動物か。特定することは出来ないが、そういう何かしらに捕食されてしまったのだろう事を察するのは容易である。  しかし、と彼は思考を巡らせた。  この現状を素直に伝えるべきか、否か。  当然、本当の事を言うべきなのであろう。今隠し通せたところで、いつまで経っても姿を現さなければいずれ明らかになってしまうのだから。けれど――姫君が悲しい思いをすると思えば、おいそれと口にするのは躊躇われた。  巣の様子を見る振りをしながら、下で待つ少女の表情を窺う。心配しているような、緊張しているような、そんな表情だ。  ……さて、どうしたものか。  彼女も、そうは言っても子供ではない。これくらいの事、きっと受け入れて自分なりに処理してみせるはずである。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加