第一章

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 そして現段階でも進む都市開発で大きく改装されつつある若年層が目立つ商店街を、一通り回り切ると、陽介は「ただいま改装中」と書かれた張り紙を背に天井がガラス張りになったエントランスの隅で膝を抱え丸まってしまった。  ――逃げないで頑張ったのにこの様かよ。俺は変わりたいんだ……なのになんで誰も分ってくれない。  脂汗がこみ上げ嫌な動悸が心臓を圧迫する。日差しで白む外気を抜けエントランスを歩く主婦が地べたに座り込む陽介に気が付き怪訝な表情をし歩き去る。  帰ろう。脆い糸で操られる人形の様に立ち上がる。エントランスの天窓から覗く希望の水面に絶望の濁りはないのに、陽介の瞳から輝きは消え澱んだ冷たい液体が代わりに湧き出て満ちて行く。  夏本番間近で活気ある駅前通りをユラユラと絶望の陽炎が進む。それは路面から立ち上る熱気と同化して儚くも見える。それに猛暑までも合わったら思考が停止した陽介は何も考えられず帰路を進むしかない。どこまでも続くと思える長い帰路。この先に希望などある訳ないんだ。何分かそんな状態で体をひきずり最後の上り坂を俯きながら上る。 「お母さーん、水やり忘れてるよ」  人影が絶した蝉時雨の喧騒の中で頂上が見えた時、はっきりと聞き覚えがある女性の声が蒸し暑い街路に響いた。その刹那、萎れた陽介の側面を続く日射で焼けた塀の灰色だけの視界に、大輪の向日葵が咲いた様に思えた。 「あ……」  まさかと思い声のした方を向くと、死相が出ていた表情にタンポポくらいの明るさが出る。  なんとあの女性がまた陽介の前にその姿を現したのだ。彼がこの世は憎悪で満ちていると勘違いする世界で、白ワンピにピンクのエプロンを着てジョウロで店先の花々に指揮棒を静かに振る様に水を与える彼女のその姿は、煌びやかで優雅でどんな花にも負けない清楚な彼女に相応し立ち振る舞いだった。  それに数秒間見惚れていた歪な黒い陽炎が、玉の汗が伝う頬を叩き小さく気合いを入れて水やりを終え店内へと消えて行った彼女を追いかけだした。 ――そうだ、彼女とまた出会わなければ意味がないんだ。
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