第一章

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 不純だが、それが陽介を突き動かす原動力である。それを叶える為にならどんな困難にも立ち向かう覚悟は出来ていた。初枝のその足でしっかり社会を歩めと言う意味の激励を陽介はそう捉えてほのかな夏の香りが漂う小さなフラワーショップに果敢にもチャレンジしたであった。   フラワーショップ春風。ベットタウンで名高いこの住宅街の一角にひっそりと佇むその店は、小さいなりに沢山の鮮やかな花を店内一杯に咲かせ、灰色の人工物に囲まれたその世界で異色の存在感を出している。  そんな色とり取りの花と香りが漂う店内一つの陽炎が掛け込んだ。紫外線で痛んだ頭髪は汗でべた付き、前髪から水滴が数滴垂れている。全身を黒で統一した愚かさが、周囲とのコントラストで更に強まる。 瞬間的に自分が場違いだと察して引き返そうとしたその陽炎――陽介だが、名前も知らない花にサイドを鮮やかに飾らせる通路の奥で花束を制作している店員に声を掛けられてしまった。 「あらお客さん? どんなお花をお探しですか?」  あの子よりは年上だと思うが、どこか同じ空気を漂わせている女性が水色のエプロンで手を拭きながらおろおろとする陽介ににこやかに近付いてくる。 「ええ……ああ……」 「この時期の物なら何でもありますよ」  しなやかな指が出番を待つ花達に向けられる。それをおろおろとする陽介も視線だけで追うと一週間前から忘れられない花が静かに窓辺で咲いているのに気が付く。 「あ、あの!」  一輪の向日葵が闇を切り裂き凛と花弁を張り咲いた。それに合わせて胸の中が熱くなり彼女への想いが心中で一つの形になった。だから陽介は意を決して踏み止まり頭を下げた。 「僕をここで働かせて下さい!」 「え? あ、それは」 「花とか全然分りませんが、ここで働き自分を変えたいんです! どんな事でも覚えますので、だからここで働かせて下さい!」  そんな陽介の一世一代の懇願で困惑する女性が口を閉じ自分に向けられたつむじを見つめる。 「どうしましょう」 「もう逃げるのは嫌なんです! 自分の弱さから目を背け現実逃避する生活はもう懲り懲りなんです……」  ――またダメなのか。陽介の拳から力が抜け始める。 「私は良いと思うよお母さん。ちょうど男の人の手を借りたかったとこだしね」
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