第一章

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 しかし、答えを決めあぐねていた店長らしい女性の背後から、あの子が顔を出すと震える後頭部に優しく笑い掛けた。 「んー、永華ちゃんが良いなら私も良いわよ」 「店長はお母さんでしょ」 「看板娘の方が偉いのよ」 「なにそれー」  声も雰囲気も似る二人が状況を読めずにまだ俯く頭の前でのん気に笑い合う。その頭ががどれほど結果を恐れているかなんて知らずに凛と笑みの花を咲かせるお二人さん。 それは採用するって事で良いのか――、と考えていると 「変われると良いね? 名無しの権兵さん? これからよろしくお願いします」 「あ、斎藤陽介と言います」 「あー! あ、貴方この間の切符さんじゃないですか!」 漸く陽介の気持ちに応えてくれた永華と呼ばれるあの女性に、自己紹介を要求されたので陽介も景気良く無理して利発そうに挨拶を済ませようとしたら、思いのほか近い彼女の顔が更に鮮やかに咲き誇った。大げさにも可愛く手を合わせて「この間の人だー」と懐かしそうにする。 「え、ああー貴女はあの時の向日葵さんではないですか」  それにあたかも今思い出しましたって言動を返す。これは偶然であるって白々しくも「お久しぶりです」って付け加える斎藤陽介。 「そうですよ。また、会えるなんて思ってもいなかった」 「俺だってまさかまた会えるなんって思ってもなかったよ」 「あれれ、お母さんにも分る様に説明してよー、むー」  陽介が自分を追ってここに来た事を知らない永華もあの日を覚えていた様で、その表情に満面の向日葵が咲き誇る。  それを陽介も喜び二人は自分たちの再会を祝す様に会話をするのだが、その二人の会話に理解が追いつかない店長もとい永華の母が、気の抜けた声でふて腐れ二人の手を握り頬を膨らませる。 「【ようちゃん】とはこの前に初めて駅でお話したんだよね、」 「う、うん……。俺が切符を探していたら助けてくれたんです」  永華の「ようちゃん」発言にそのようちゃんの心臓が跳ね上がった。自分の隣にあの子がいるだけでも昇天しても良いのに、なんて親近感の湧く呼び方をしてくれるんだ。祖母の初枝も同じ呼び名を使うが全く違う響きで脳内で何回も再生される。それに陽介は浮かれに浮かれて口角を釣り上げる。 「ほうほうにゃる程ねー。で、藤くんって意外と積極的なんだね」 「へ、どう言う意味ですか?」
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