第一章

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「んー外見に似合わず猪突猛進型って事かな。わざわざここまでくるなんてオラオラ系だー」  と、悪戯っ子っぽく永華の母が微笑む。そう言いつつ、の母親はある事柄を思い出していた。  ここから五分も掛からない近所に、五年前から馴染みのある老夫婦が、旦那の名前から一字取った愛称で孫を呼んでいたのを聞いた覚えがある。それにその老夫婦が運命を覆して死別を迎えた時季に、名前とは裏腹に涙色一色に染まる斎場の隅で、物陰に親族でありながらずと隠れやっと出て来たと思ったら尻餅をついて泣きだしそうな顔をした少年をも何故か思い出した。  ――あの子はどうなったのかな。  あれから一度も見ない少年と今回急に現れた斉藤洋介と名乗る青年が、この童顔な母親にはどうにも重なるものがあるらしい。そして、そんな青年が永華を追ってここに来たのはそれが好意を抱いているからだと見抜いてみせた。 「オラオラ……」  そうとは知らない陽介は苦笑いをし、母親の歳を感じさせない口調に永華はいつものその母親譲りの笑みをしてそれを見ていた。   こうして陽介は彼女との再会を果たして、しかもその彼女の母親が経営する春風にアルバイトとして加われた。  季節は心躍る真夏。猛暑が大地を支配し天は歪な侵略者を辛うじて迎撃出来ていた。 陽介の上京は見事に成功したのだ。これでもかって程の快心のスタートである。細やかではあるが、想い人が隣にいる喜びを、今は噛み締めさせても罰は当たらないだろう。 自分を変える大変さを知るまで、入道雲が空を覆い尽くすまで、陽介は全力で生きて行く。 「いよいよ夏本番だねおじいさん」  そんな孫が好スタートを切った事をまだ知らない初枝が、真っ青な空を眺め太陽の光に目を細めると額の汗を拭い何かを悟った表情をして、またいつもの様に笑った。             「それじゃ、自己紹介をしましょうかしらね」 「うん」  ついに念願の都内でのアルバイト。しかも自分が今一番想いを寄せている女の子と一緒である。それだけでも、否、これだけ好条件が揃うとは予想もしていなかった陽介は、目の前の向日葵と菫の様な笑顔を見つめ、これでもかってほどにやけている。花屋だけあって良い匂いもするし、水を扱っているから意外と涼しい。マイナスイオンが出ていても可笑しくないほどにこの空間は癒しで溢れている。
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