第一章

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第一章 大輪の花                  七月五日。  青年の名は斎藤陽介。来月で二十歳になるフリーター。これはこの街では単なる個体の一プロフィールでしかなく。プラットホームに押し出された陽介は、乗り換えで混雑するホームの真ん中で長旅の末何処にしまったか忘れた橙色の切符を探す為に立ち止っていた。  稲作が盛んで長閑な田舎で愛用していた粗末な定期入れは儚い思い出と共に三年分のゴミで燃え盛る焼却炉に投げ込んだ。最寄り駅と言えど自転車で一時間は掛かる駅の電車など乗る機会も学生を終えれば遠出を計画しなければ使わない。そもそもそんな計画を立てられるのであれば、こんな荒んだ目をしていない。それほど陽介の目も姿勢も沈んでいる。 しかし、それ以前に陽介は臆病で人で溢れる世界を嫌っていた。人身知りで臆病で酷く不器用。周りの目が気になり自分の意思では未来を開けない。そんな彼の青春は、好きな子に想いも告げられず後悔だけが残る思い出したくもない膿んだ傷でしかなかった。 「あ、すみません……」 ようやく周囲の鋭い視線に気が付いた陽介はボストンバックを抱え自動販売機横の喉にくる埃臭いスペースに申し訳なさそうに体を滑らせる。  ――息苦しい、周囲の視線が心臓に覆い被さってくる様だ。
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