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バックを椅子代わりにそれに座り込んだ陽介は頭を抱える。
――もう嫌だった。見るだけで過去を思い出す切符を探すのも忙しなく歩く人間も。ここに来なければとも思った。
「あの、大丈夫ですか?」
不意に声を掛けれる。
「え……」
「顔色が悪いですよ?」
初夏を過ぎ猛暑で茹だるホームの隅で陽介は弱弱しい目を見開いた。そこに映るのは、細かい埃が舞う中を歩くサラリーマンではなく。一輪のサンサンと輝く大輪の向日葵と、大切そうにそれを抱える一人の女性だった。
多分、顔面蒼白の彼と同年代くらいで、小型太陽にも負けぬ凛とした顔立ちをしておりその小首を傾ぎ社会組織と言う群れから外れ孤立した彼を見つめている。
「……」
その自分を見つめる澄んだ黒目より、猛暑にも関わらず汗もかかない清潔な顔、首筋、純白のワンピースから伸びる華奢な四肢よりも、陽介は彼女の抱える神々しく胸を張る一輪の向日葵が網膜に焼き付き言葉をなくしていた。
そもそも初対面の女性を直視出来る人間ではないので視線を下げるしか不覚の事態に対処する方法を知らない。
「どうなされました?」
腰まで伸びた艶のある黒髪が靡く。無言で自分を(厳密に言えば向日葵を)見つめる目線の高さに合わせる為に、彼女もしゃがみ更に抱えている向日葵が陽介の前に広がる。
その風景はまるで情熱の火焔が燃え盛り陽介自身をその炎で焼き尽くそうとしている様であった。
「あ、いえ、切符がなくて……」
「切符ですか? ん?」
電車の発車音で我に返った陽介は、溌溂とした花弁の後ろから覗く瞳に吸い込まれる前に上半身の収納ポケットの全てを慌ててまさぐった。一瞬でも重なった視線により毛穴と言う毛穴が広がった事が背筋を流れる汗で陽介自身も分った。
「あ、もしかしてここ」
陽介が慌てふためきチャンと確かめもしなかった胸ポケットを炎の化身と彼女の食指が指す。それに合わせて彼女から柑橘系の匂いと花から漂う僅かな夏の香りが増す。
「あ、あった……なんでわかったんです?」
「私もそこに入れるのが習慣なんです。小さい切符ですから一旦無くすと探すの大変ですもん」
胸ポケットの奥から角の折れた切符を摘み上げた陽介に、そよ風の様な優しい笑顔が向けられる。
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