第一章

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「え、じいちゃんの大事なものじゃないの?」 「おじいさんとは沢山思い出を作ったからね、これからはお前がいるからいいんだよ」  孫のいらぬ気使いに気付いた初枝は、その思い出の詰まる古風な部屋を一瞥すると昔と変わらぬクシャクシャな笑みを浮かべると家事へと戻って行ってしまった。  ――なんで平気でそんな事が言えるんだ? 幼いころから心臓病を患い入院ばかりしていたじいちゃんが、最後は愛する嫁と思い出の地で暮らしたいって言ってここに来たはずなのに……、こんな古風だとは知らなかったけど。  そう思いつつブラウン管テレビの電源を年期が漂うリモコンで入れ汗を吸った無地の黒い上着を脱ぎ、陽介は新生活の構成を練り直す事にした。  まだ学生気分が抜けない陽介には、余生を大切に生きる祖母が放った言葉の意味が分らない。 しかし、それも無理はないか。過去から逃げ現実からも逃いてきた子供に、大切な人を亡くしそれでも気高く生きる初枝の覚悟など分る由もないのだ。 「笑った奴を見返すんだ」  まだ使い慣れないバックから新しく手に入れた定期入れを取出しそれに過去の憂さ晴らしを願う陽介は何処までも弱く醜い光で輝こうとする。    あの向日葵の様に微笑む彼女に、自分の汚れを浄化してもらおうと考える。所持しない物を求め自分が欲しい物を手に入れる事がどれほど困難で辛い物だとも知らぬまま――。  「まずは外に出よう」  彼女からのプレゼントを机代わりの炬燵の上へと置き買い換えたばかりの携帯電話でアルバイトの募集サイトを探し出しふかふかでお日様の香りがする敷布団へと寝転がる。  WEBサイトで自分に出来るだろうバイトを探す。彼自身のバイト経験数は、高校卒業から今日まで数だけ取ればそれなりの場数は踏んでいる。しかし、働いた期間は長くて三カ月であり短くて一週間である。それも平均すれば首都圏の学生の冬休みの期間より短い。  高校時代のバイト期間がその冬休み未満であり、問題の高校時代はほぼ学校以外で部屋から出ず己の中の無気力と闘っていた。それでは駄目だと悟りコンビニでバイトをしたのが学生時代で最長であるその冬休み期間程であった。しかし、それをたった一度のミスでせっかく持ち始めた自信をも路傍に唾を吐く感覚で捨てた。
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