第一章

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 たった一度の失敗にも関わらず陽介は全てを悟った様な感覚を抱いた。自分はダメ人間で使えない社会の屑なんだ。その思い込みのせいで自信がなくなり人身知りが一層激しくなり、ついには初恋の子に笑われ周囲の人間にも見下され進路も決まらないまま卒業を迎えた。  それからは親にも干渉されない生活が二年続き、途中で全てを捨てる覚悟で去年祖父の葬儀で七年振りに再会した初枝に同居を懇願した。それは最愛の夫を亡くして意気消沈しているであろう祖母なら、亭主を亡くした寂しさを紛らわす為に、ろくでなしの自分を受け入れてくれると踏んでいたからこその軽率な行動であった。  だが、初枝は毅然とそれを見抜き自分に甘え様とする頬を旦那の仁徳で集まった大勢の人の前で引っ叩いてみせた。その陽介の目も当てられない噂は遠く離れた地に住む初枝にも公然としていたのだ。  だからその時に「しっかり働き貯金を蓄えたらきなさい」と、唖然と自分を見上げる孫に激励の意味で言い放った。  あの温和で誰よりも自分を可愛がっていた初枝に大勢の親戚の前、引越し先であるここの地元民である祖父に縁りある人間の前で殴られ、結果、多くの白眼視が集まり漸く自分の情けなさに気が気が付いた陽介はバイトをしたのだ。  それに気が付きバイトを始めるまで二か月も掛かったが、一年間我慢をして様々な多種多様のバイトで汗を流しその分の成果を出した。それはもしあの時初枝に叱責されなければ成しえなかった快挙でありこのままじゃダメだと悔い改める事も出来なかっただろう。もしかしたらバイトの最長記録も塗り替えられる事もなかったかもしれない。 「よし、手当たり次第いくか」  なので、何時の不安を感じる前に形態の決定ボタンを連打する。氏名、性別、年齢、住所を軽快に叩き出しある項目で指が止まる。  志望動機だ。そんな物がかつてあっただろうか。いくら考えても何も書けず自分の軽率さに気が付き怯んだ。嘆いた。でも、もう嫌だ。陽介の奥歯がギリギリ音を出し適当な事を書き連ねて決定ボタンが押された。 「ようちゃんやぁ、お風呂先に入りなさい」 「あ、うん! やっぱり都会はバイトが沢山あるんだね? 悩んじゃうよ」  そう言い割烹着を着た初枝が襖を開けて笑っている。 「そうだね、しっかり働いてこれまでを取り戻すんだよ」 「うん……」
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