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いた。そこに立っていた。機械で造られた人工の人間がステージの中央に佇んでいた。右目を隠すまでに長い黄緑がかった髪。吊り上った物静かな瞳。皮肉にも悔しくも、この会場にいる誰よりも人間らしかった。
人工の人間はさして興味もなさそうに会場を見渡す。
私は視線を逸らした。
「ねぇねぇ。気のせいかな、あの子こっち見てるよ」
「きっと気のせいだよ」
ふと、足元をひんやりと冷たい微弱な風が触った。
只の風だと思い、さして気にも留めなかった。けど、改めて考えてみると会場は全面ガラス張りで扉も完全に密閉されている。風が通る隙間なんてない。あるのは換気用の通行口だけだ。それにこの風は変。鳥肌が立つような不快感を連想させる嫌な風だ。
「(なんだろうこれ。機械に対しての嫌悪感みたいな感じ)」
世紀の大発明を前に、誰も些細な異変を気に掛ける者はいない。
誰にも認識されずに風は徐々に強さを増していく。
私にしか実感できないほど、知っている者にしか判別できないほどおぼろげに。
カタカタと撮影機材が音を鳴らし震える。それでも気にする者はいない。
服がなびく。スカートがひるがえる。髪が巻かれる。
足元を通った風は、人工の人間の遥か頭上に集められ押し固められていく。
「(何で。何で誰も気が付かないの。私にはこんなにハッキリ識別できるのに)」
直後だった。押さえつけていた枷が外れたように上空で風が無音に爆ぜた。ステージを中心に風が吹き荒れ、物と人を紙屑扱いして大きく吹き飛ばした。風はガラスを砕き、人を払拭し、機材を払い除け、辺り一帯を一掃した。
熱気に満ち満ちていた会場は一瞬にして黙った。
端まで飛ばされた私は顔を上げてステージを見据える。『限りなく人間に近い機械』は風の影響を受ける事なく平然として君臨していた。
頭が現実に追いつくよりも先に、呼吸困難に陥る強さの風が眼前で舞った。
「っ!?」
立っていた。目の前に。人工の人間が。
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