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数百mの距離を、風が舞う一フレームの間に詰めていた。
何も告げずに私に手を伸ばす。
「(え……)」
これってもしかしてあれ? たまたま近くにいたからとか、目が合ったからとかで人質にされたり、偶然殺人現場に遭遇したから口封じのために殺されるとかの犯人側の個人的都合? そんなんで私殺されるの? そんな自分勝手な理由で殺されなきゃいけないの?
「っざけんな……」
ふざけんなよ。
「…………」
こんな場所で、死んでなんかたまるか。殺されてなんかたまるか。しかも機械にだぞ。私はまだ死ぬわけにはいかない。まだあいつに文句の一言も言ってない。面と向かい合ってもいない。人生を終わらせるのはまだ早過ぎる。
「っざけんなよ……」
生きてやる。死なない。こんな奴のために死んでなんかやらない。
死んでたまるか。
「うわぁああぁぁあぁああぁぁぁあぁぁあああぁあぁぁあ!!」
手元に転がっていた撮影機材を掴み、狂乱気味に男の顔を殴った。バギンッ!! と機材は音を鳴らしパーツをバラ撒きながら砕け散った。けれど男はまるで堪えていない。
「くっ」
風が頬をそっと撫でた。気がつくと周囲の風が一箇所に集められていた。硬く堅く固く。球体状に。男の掌の上で。
「(逃げっ――)」
動くよりも先に、圧縮された風が私の腹部を打った。私に重さなんてないみたいに廊下まで飛ばされた。
「ぐふっ、ごはっごほっ!!」
ついてた。今ので男との距離を開けた。早く、逃げなきゃ。
胃酸が逆流するのを堪えながら会場の反対側へ走る。とにかく遠くへ。ここではない別の場所へ。二色大学は大きい。逃げる場所は選ばなくても沢山ある。時間を稼げば、その間に異変に気付いた警備員が何か処置をしてくれるだろう。この大惨事に気付かないはずはない。
廊下に絵画が飾られている事から会場の反対側は美術館になっているみたいだ。芸術品を巻き込んで壊すのは申し訳ないが、今は急を要する事態。なりふり構っていられない。
当然ながら、美術館には貴重な絵画やら希少な美術品やらが飾られてあった。
「ここまで来れば大丈――」
突然、美術館内に風がドッと押し寄せた。風に運ばれて銃声が聞こえる。『限りなく人間に近い機械』と会場内の警備員が交戦中みたいだ。
追いついてくるのは時間の問題だと直感した。
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