一章

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 世界は大きく変わった。変わったといっても魔王に侵略されて異形の生物が蠢いているとか、宇宙戦争に負けて街が荒廃したとかの外見云々ではない。正確に言うと世界の中身が大きく変わった。  例えばこの街路樹。  家を一歩飛び出せば見かけるどこにでも植えられてるような樹。外だけ見れば只の樹。でも中身は完全に別物だ。外観を損なうとの理由で表面だけは樹として見えるようにコーティングしてはいるが、中身は酸素を人工的に作り出す最新技術の塊だ。  この樹と同じように普段はカモフラージュされていて本物と判別がつかないものの、私が住んでる街や全世界、地球中は『世界の全てを賄う機械』によって隅々まで彩られている。空気だけでは飽き足らずに水や風、光、果ては重力までもが機械で賄われている。  さらに現在は私達人間が一人残らずいなくなった事態を想定して、機械で人間を賄おうという研究まで進んでいる始末だ。  これらの技術は人々の生活をより豊かにしてくれている。  だけど私は嫌いだ。虫唾が走るくらいにこの便利過ぎる世界が大嫌いだ。  あの女が造った基盤の上に成り立っている世界なんて無くなってしまえばいい。 「……きょ」  いくら世界を救ったとしても急にいなくなってしまっていいはずなんかない。 「……きょ……か」  消えてしまっていいはずなんかない。  絶対にない。 「京香(きょうか)!!」 「う~ん……」  腕の中に埋めた頭を声の方角に気だるく回す。  目の上で綺麗に切り揃えられた前髪と、腰まで届いた黒のロングヘアー。その黒が凝縮された一滴のようなどこまでも黒い漆黒の瞳。しとやかな表情。橙色のカチューシャを付け、渚未来(なぎさみらい)の藍色のブレザーを着た少女。  私の友達『羽樋雛(はねといひな)』が虚ろな視界に入った。  瞬きを数回繰り返した後、ようやく現状を把握した。  今は授業の真っ最中。どうやら私はいつの間にか眠っていたようだ。ノートによだれの跡が残っていた。  それにしてもなんて最悪な夢を見たのだろうと自分を恨んだ。夢は本人の潜在的願望を映し出すというけれど、そんなものは只の迷信だと今は言い切れる自信がある。  だって私があの女の夢を見たいわけがないんだもん。
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