一章

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 吐息を漏らし、焦燥なんて備えていないように、 「危なかった。死ぬかと思ったよ。……と生命の危機を察してスラスターを展開させちゃったけど、それほどのものでもなかったみたい。デフォルト設定で十分平気」  グチッと、瓦礫を踏み潰しながら一歩。 「さて、次は僕の番。だと言いたいところだけど、生まれて間もないこの時期にこんな貴重な経験は到底味わえないだろうから、この一時をもうちょっと堪能する事にするよ。さぁ逃げなよ。優しい僕は君に猶予を与える」  は?  逃げる?  逃げるだって?  ふざけんな。逃げないわよ。機械相手になんか絶対に逃げない。むしろ、機械相手ならなおさら私に逃げるなんて選択肢はない。  私は奥歯を噛み締めた。 「……逃げるわけないでしょ」 「うん、言うと思ったよ。僕に抗って見せた時点で君は大の負けず嫌いだ。それはとても立派で褒めるべき事だ」  でも、と前置きする。 「でも、それで身を滅ぼしたら元も子もない。だから、もうここら辺で意地を張るのを終わりにしよう。誰も君をとがめたりしないさ。『限りなく人間に近い機械』の身体に傷を付けて善戦したんだから」  言い切った。新品同様の無傷な身体を『傷を負った』と言い切った。  私にとってそれは屈辱以外の何でもない。不愉快だ。実に不愉快だ。 「嫌だ!! 誰がなんと言おうと止めない!! 止めてやるもんか!!」 「そう、とても残念だ」  人工の人間は名残惜しそうに俯いた。  本当に、本っ当に、こういう人間らしいところが癪にさわる。 「傷物にしたくなかったのにな」  手と足が、人工の人間が、ゆっくりと、着実に迫ってくる。 「(落ち着け!! 取り敢えず落ち着け私。こういうときだから冷静にいくんだ)」  把握。 「(接近戦は目に見えて私が不利。だからまずは距離を取って)」  距離を取った。つもりだった。でも実際には一ミリたりとも動いてさえいなかった。  手足が、全身が震えてその場から動けない。言葉をつむごうにも舌が痺れていて言う事を利かない。
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