1・見上げたいのは――

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だって、そんなこと…… 「昨日今日、っというより、正面きって会ったばかりの私が何を言えるのか」 「でも、笹本さんはきっと、見知った僕だったとしても、そんなことは言わない人だと思うな」 なんで、この人は初対面の人間をそんなに買いかぶるのか……。生きていくには、とても大変な思いをしてるんだろうと心配になる。 「だって、本郷さんはもう大丈夫だって言ったし、誰かの悲しみとか、そんなことに、私はきっと鈍感で、解ってあげられないから何も言わないだけですよ」 でも、もっと、むかつくくらいに、本郷さんは笑った。 「その通りですよ。っああ、この言葉づかいは怒ってるんじゃなくて」 「はい」 「うん。なら良かった。――いいと思う、その考え。もしかしたら、解ったふりでもいいから、言葉が欲しい人もいるだろうけどね」 そういう人がいたら、そうしてあげるのもひとつの策だと、先生みたいに本郷さんは人差し指を立てた。 そして、これまた先生みたいに私を褒める。 「笹本さんは鈍感じゃないよ。鈍感な人間は、そんな考えにまで及ばない」
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