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募集人は、ほっと表情を緩めながら「ええ」と頷いた。
「出ましたよ、あなたと同年代らしい女性の方で、髪型はカラーリングしていないショートカットだそうです。それでですね、明日の午後一時に渋谷駅のハチ公の壁画前で待ち合わせをして頂けますか」
「その彼女とですか? 髪型以外の目印はありますか」
「ええ、彼女には白いバラの花を一輪持っていて頂くことになっています」
「白いバラの花」
他殺志願者が呆れたような声を出した。そうだよな、普通は呆れるんだよ、こんなベタな小道具はと内心で相槌をうちながら、募集人は構わず言葉を続けた。
「そしてあなたには、赤いバラの花を一輪持って頂きたいのですが。よろしいですか?」
「赤い、バラの花」
「ええ、赤いバラの花、一輪」
念を押すと、彼女が言葉に詰まった。あんな場所でそんな物を持つのは恥ずかしいと思っているらしい様子が、電波越しにはっきり伝わってきて、募集人は笑いを堪えた。
「もっと他に、服装とかバッグの色とか、そういう目印はないんでしょうか」
「すみませんね、これが一番手っ取り早いんですよ」
「そりゃ、目立つでしょうけど……」
「相手の方に御会いできたら、花はすぐさま捨てて下さって構いませんから」
「……はあ。分かりましたけども」
不満たらたらながらも、何とか了解は取れた。これで一応話は終わりだった。募集人は「じゃあ、何かありました際は、この電話番号まで御連絡下さい。そちらの御武運をお祈りいたします」と終了を切り出した。
「ええ、分かりました」
彼女の語尾に、微かに嘲笑うような響きが混ざる。よほど赤いバラ一輪という小道具が気に入らないのだろう。しかし諦めてもらうより他にない。
「じゃあ、失礼します」
「はい、失礼します」
そして通話は切られた。要点だけに絞りこんだ、あっさりした会話だった。募集人はこの二人の出会いと成功を祈りつつ、二本目のビールの栓を開けた。
用済みになったチラシは、明日、仕事帰りにでも剥がしてくればいい。
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