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他殺というからどんなものかと思えば、実はただの自殺手伝いかと拍子抜けしているかもしれない。しかし彼女は念を押してきた。やる気は出ているらしい。しかし人を死なせることに意欲を出している自分を、彼女は恐ろしく思わないのだろうか。まあ、こちらからすれば、そんな恐ろしさがあってはじめて成り立つゲームだが。
しかし、と募集人は気持ちを引き締める。彼女が本気そうに感じられても、油断してはいけない。真に受けたがために通報してしまう可能性だってゼロではないのだ。捕まったところで自殺幇助未遂くらいでは大した罪にならないとしても、捕まれば社会的制裁を受けるはめになる。いや、その前に自分は逃げ切ってみせるけれども。
この喫茶店には、もう三十分ほど居座っていた。仕事の書類やノートパソコンなしに男一人でこれ以上粘るのには、ある種の達観が必要だった。彼にはそれがなく、場所を変えて自殺志願者からのアクセスを待つことにした。伝票を手にして、座り心地のよろしくない椅子から立ち上がる。
さて、はたして自殺志願者は名乗りをあげるのだろうか。
年間三万数千人もの人間が自殺しているこの国だ、志願している人間はきっといるだろう。誰とも知らぬその人間が、あのチラシに目をとめてくれればいい。そして、魔がさすように電話をかけてきてくれればいい。チラシを貼った電柱の近くには、確か御丁寧に公衆電話があったはずだ。環境は整えられている。あとは気持ちひとつなのだ。
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