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「先生、家賃とかは?」
「タダでいいよって言いたい所だけど、半分くらいは払ってもらう事になるかな。大丈夫?」
「別に構いませんよ」
いずれ俺の銀行口座には、とりあえずサラリーマンの平均年収くらいのお金が振り込まれるはずだ。両親が遺してくれた保険金――俺への最期の愛だ。
よし、決めた。
「先生、俺ここに住みます。何とか1人で頑張ってみます」
そう宣言すると、聖美先生はクシャッと悲しそうな顔を浮かべた。俺、何か変な事言ったかな。
「白石君、ここに住むにあたって、1つだけお願いがあるの」
「お願い?」
「うん、難しい事じゃないわ。誰もが当たり前にしている事だから」
「……何ですか?」
聖美先生の手が俺の両肩に置かれる。彼女の澄んだ瞳が俺の目をまっすぐに見つめてきた。
「白石君、生きてね。亡くなったご両親の分まで強く!」
「……聖美先生…………あ」
胸に温かいものが流れたと思ったら、溢れて決壊して、俺の目からこぼれ落ちた。
何だよ……俺、泣けるじゃないか。まだ人間らしくいられてるじゃないかよ。
「白石君、今のあなた同じ目をしているの。自殺したわたしの友達と同じ、疲れきったどこか遠い所を見ているような、そんなよどんだ目を」
聖美先生の白い手が俺の涙を拭う。こそばゆさを感じながらも、俺の涙はとどまる事なく流れ続けた。
そうか、俺はそんな目をしていたのか。
両親が死んで俺は、全てのものを呪っていた。俺を憐れむ奴らも、金しか見ていない親戚連中も、事故を起こしたトラックの運転手も、運悪く巻き込まれた両親も、その運命までまるごと全てだ。
不条理だ、不公平だと、心の奥底でどこに向けたらいいのかわからない怒りを抱え続けていた。そんな自分が嫌だった。そんな自分のまま生きていたくなんかなかった。死ぬ勇気なんてかけらもないくせに、でも確かに俺は――自殺を考えていた。
先生は言葉を続けた。
「失ったものは簡単には埋まらない。ううん、もしかしたら一生埋められないかもしれない。けど、死んじゃったらそれで終わりだよ」
「…………」
「生きてさえいれば、きっと代わりのものを見つけられる。そのためならわたしは、どんな協力も惜しまないから」
「聖美……先生」
「白石君、わたしを頼って」
目の前にいる聖美先生が天使に思えた。窓から入る光が彼女の全身を純白に照らしている。俺は素直にうなずいた。
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