‐正治君の回想・1‐

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急いで入り口の板戸を開ける。 英継君は、赤いセーターの上にマフラーをぐるぐる巻きにして笑っていた。 「正治、あれっ?」 英継君は僕の顔をジッと見つめ、少し悲しい顔をし、 「・・・正治、泣いてたの?父さんに叱られたのかなぁ?」 僕の顔に鼻がくっ付くほど顔を近づける。 「・・・」 僕は無言で顔を振る。 「ほんとかなぁ?」 英継君は、たすき掛けの幼稚園カバンを両手でガサガサ揺すって、きれいに畳んだちり紙をだした。 「正治。はい、ちぃーん」 僕の鼻をちり紙で押さえて、気張るように英継君も息を止める。 「ちゅぅんっ」僕は目を瞑って、鼻水を絞りだす。 「泣き虫…」英継君はキャハッと笑って、残った鼻水をポンポンとちり紙で拭いてくれた。 母が僕の肩越しに顔をだした、 「板垣君おはよう。毎日々、遠くまで通って偉いわねぇ」 英継君は僕の鼻水を拭いたちり紙をサッとポケットに隠して、 「おばちゃん、おはようございます!」頭を下げる。 英継君のくるくるの巻き毛が揺れて、美しい笑顔が母を見る。こころなしか、母が若返ったように華やいで見えた。 「じゃあ、僕行くね。後でね!」 くるっと回った英継君の定期券が大きく揺れた。 歩いていく英継君が歌っている。〈…このまま死んでしまい〉と。 母が言っていた〈かわいそうで不幸〉だと…。 僕は英継君を救えるのだろうか…。 〈…このまま死んでしまいたい〉英継君の悲しみに涙が零れた。
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