‐英継の黙された過去‐

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写真の男の子は、太い樅の木の幹に隠れるように立っていた。 パーマのかかった、くるくるっとはねた髪の毛がよく似合った、北欧の少年のように美しい顔をしている。スモークグリーンのコーデュロイのジャケットに揃いの半ズボン、白いハイソックス。 不機嫌な顔付きで、皆から離れて、ポツンと不思議な自分の世界を作っていた。樅の木を境に、シスターや先生方、30人ほどの園児がきれいに3列に並んで、カメラに向かって笑っている。 それは『M幼稚園』の記念撮影の写真だった。 カトリック系のこの幼稚園は『祥天教会』の敷地内にあった。教会は明治時代に建てられた、ゴシック様式の建物で、三階屋ほどの高さの屋根に載った釣り鐘塔から朝夕に響く鐘の音は、繁華街を行き交う人達に福音をもたらすように、街にこだましていた。 教会の隣の奥まった場所に、平屋の白い建物の幼稚園があった。庭に面した窓が開いているときは、オルガン演奏にあわせて歌う園児達の声が道まで聞こえる。蔦薔薇の絡まった低い板塀から、赤、青、黄に塗られたブランコや小さなジャングルジムが見える。 道行く人達は、教会の鐘の音や園児達の歌声に足を緩めて荒んだ心を洗う。
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