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‐正治君の回想・1‐
正治の朝は早い。
毎朝、小学2年生の兄の新聞配達を手伝って、少し小遣いを貰うのが楽しみだった。
「お兄ちゃん、今日は寒いね」
正治はまだ寝呆けていて、薄着で共同の流し場に出てきたのを後悔していた。
ランニングにパンツ、父のサンダルをガフガフさせ歩き、吐く息の白さにぶるぶるっと震えた。
あけ切らない早朝の水は冷たい。
洗面器に張った水とにらめっこする。兄も顔を洗っては、水の冷たさに「ひゃーっ」と飛び上がっている。
「まさ、こんな寒い日は手伝わないでいいよ」兄は手拭いで顔を拭きおわったら、空になった洗面器を振った。
洗面器に残った水滴が飛び散って、正治の肩にかかる。
「うわぁー、ひゃっこい!」
正治は、あまりの冷たさに飛び上がってパタパタ足踏みをする、
兄が笑いながら、
「手伝わなくたって、小遣いならやるよ」兄は濡れた手拭いで、勢いよくピシッと空を切って小走りで家に入っていった。
正治の家は棟続きの長屋で、炊事場は共同。
お隣さん、ご近所の流し場が向き合って蛇口が6つ、手漕ぎの井戸のポンプが2つ。
朝は近所の子供達やお母さん達でごった返していて、昼からはお母さん達の井戸端会議、夕方からご飯支度のお母さんや遊び疲れた子供達が走り回って…と、兎に角賑やかで、笑い声の絶えない社交場だった。
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