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もうダメかもしれない…。
そう思ったその瞬間、凛とした声が聞こえた。
「久遠様!しっかりしてください!今の貴方は、お館様の代わり…貴女に全てがかかっているのですよ!」
藤丸の言葉に、ハッと目が覚めたような気がした。
私は、親父を…いや、我が家を代表して戦っているんだ。腰抜けなんて汚名を払拭するために……!
「…ここで負けるわけには、いかない…」
一度小さく深呼吸をして、しっかりと刀を握る。そして、真っ直ぐ信長を見据えて走り出した。
もう、恐怖や緊張なんて無かった。
信長の間合いに入るや否や刀を振るう。斬撃は簡単に受け止められたが、怯むことなく再び斬撃を撃ち込む。何度も、何度も、隙を与えない勢いで刀を振るう。
じわじわと、信長を圧していく。追い詰めていく。
「だぁぁぁっ!!」
「急に目の色が変わったな…。太刀筋もしっかりしている…」
信長が楽しそうに笑った。まだまだ余裕なのが見てわかる。
悔しい…。やっぱり、敵わないのか…。
諦めがジワリと心の角に現れた瞬間、何かが見えた。
ようやく見えた……信長の隙。
「っ!!…隙ありぃぃぃぃ!!!」
「なっ…!?」
信長の刀手元の一点を狙って、全力で峰打ちを食らわせる。刀が信長の手を離れて飛とんだ。
弾き飛ばされた刀は、彼の後方少し離れた所に突き刺さった。誰か怪我してないか不安になったが、幸い誰も居なかったので怪我人等は居なかったようだ。
信長は、何が起きたかわからないと言うように驚いたような、呆けたような顔を暫くの間していたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「フフ、思った通り面白い奴よ!なかなか腕も立つようだ。もしや、お主がこの信長の最大の敵となるかもしれぬな」
「いや…今のは偶然で…。最大の敵だなんて…」
過大評価に慌てる俺に彼は、ふはははっと大笑いした。完全にからかわれている。
今の戦い、相当手加減されていたのだろう。
「そうだ、名前を聞いて無かったな…」
「さ、早蕨久遠…です」
「そうか…早蕨か…」
信長は、笑いながら地面に突き刺さった刀を抜き取り鞘に収めた。
私も、刀を収め忘れていることを思い出して慌てて収めた。収める時に、まだ手が震えていることに気がついた。あの興奮が、まだ冷めていない。
「また京都で会うことになろう!」
「は、はい…」
信長は、さっさと身を整えると颯爽と去って行った。
私は、その後ろ姿を見続けた。
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