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ゴーンゴーンと廊下にある壁時計が鳴った。
もう、八時か。
「坊っちゃん、お夕飯どうしはりますー?」
扉の向こうで松さんの声が響く。そうだ取り敢えずここから出なければ。
「いただきます。少し待ってください」
目の前の木の板にそう叫ぶ。さぁ、開けるのだ。さぁ。
腕の筋肉を動かして、手を横に引けばいい。すぅっと息を吸って力を籠める。
拒絶する精神。しかしそれを僅かに筋肉が上回り、静かに十センチほど開いた。
外からの冷たい空気が、火照った体を冷やしていく。
もう、大丈夫。大丈夫なはずだ。こんなとこで留まってられるか、と精神を捩じ伏せる。
右腕を空いた隙間に入れて、扉に手をかける。そのまま、右に引け、自分。
ところが、精神がまた僕を妨げる。襲ってくる。
お前はあのお婆さんを見殺しにしたのだと。あと数十秒早く声をかけ、歩道に連れていっていれば、あのお婆さんはトラックに当たらずにすんだのだ。自転車なんか放り投げて、駆け寄っていればよかったのだ。
見も知らずじゃない、本当は。そう思い込みたかっただけだ。
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