最後の頼み

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 俺の友人、佐々木康司が自殺した。自殺した理由はよく分からない。借りていたアパートの四階から飛び降りたらしい。  あいつとは仲が良かった。でも近頃、康司は付き合いが悪くて、最近は連絡を取っていなかった。  だからあいつが死んだことを知ったのは、テレビのニュースキャスターが康司の名前を呼んだ時だ。  悲しいとか、そういうものが心の底から沸き上がる前に、ただただ驚いた。しばらくその事実が脳に届かなくて、俺はもう終わったニュース番組の内容を頭の中で反芻した。  それが何度頭の中で繰り返されても、俺は親友が死んだという事実が信じられなくて、しばらく現実から逃げた。あいつの死を受け入れることが出来なかった。  結局、俺が現実と向き合ったのは康司が死んでから一週間も経った頃だ。  精一杯、俺は喪服を着て身なりを整える。髪を後ろに流して、愛用している黒縁眼鏡を着用し、準備は完了する。  部屋から出て急な階段を降り、靴箱から黒い靴を取り出して、それを履く。  背後から足音が聞こえた。ゆっくりと振り向くと、小太りの母さんが不安そうに俺を見つめて立っていた。 「忠信。あなた、もう疲れたような顔をしているわよ」 「ああ、昨日あまり寝ていないんだ。いや、今日までの数日っていう方が正しいのかな」  行ってきます。そう言って、俺は家を出た。あいつの実家はそう遠い訳でもない。  だから、五分も経てば彼の実家にたどり着いた。子供の頃、よく康司の家で遊んだっけ。あの時よりは古めかしくなったものの、大きく見た目は変わっていない。
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