我が世誰そ常ならむ

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「そう、彼女は知らないんだ。俺の気持ちを…」 朝日を迎える前の薄暗い街角で、本田はそこにいる皆に芝居じみた語り口で言った。 「え~!お前、マジで言ってんの?」 「それ、なんて純愛ドラマだよ」 「本田くん、ウケる!」 周りの皆は手を叩いて笑ったり、驚いたりしてザワつく。 全員、揃いの半纏を着てアスファルトに座って整列している。 本田は花川戸町会の青年部員だ。 周りにいるのは同じ花川戸青年部員たち。 その前には他の町会の青年部が同じように待機している。 列はずっと先まで繋がっている。 浅草神社の宮出しの入場が行われるのは朝五時。 担ぎ手である氏子町会が集合するのは、その一時間半も前だ。 その寒く退屈な待機時間に、本田が恋バナを始めたのだ。 明るく人懐こくアクティブな本田は、人気者であるが、恋愛に対してはかなり軽いイメージが定着している。 年上の青年部員の一人が言う。 「何?じゃあ、お前がその娘を好きだって、その娘は全然知らないわけ?」 「そうッスね。全く気づいてないと思いますよ」 本田は真面目な顔で頷いた。 「プッ!どうしたんだよ。誰にでもすぐ声かけるくせにっ!」 別の青年部員が本田の背をバシっと叩いた。 「イテっ!あー…本気の恋だからじゃね?…つーか運命の人?」 そう言うと本田は、明るい色の髪をかき上げる。 「うわ…」 「はぁ…」 本田の答えに男性陣は引いたが、女性陣は瞳を輝かせ甘い吐息をついた。
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