浅き夢見じ 酔ひもせず

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白の狩衣に烏帽子姿の男が、背を向けて座っているのだ。 窓の外の月を見ているようだった。 「藤原さん?」 その後ろ姿は、神主姿の光流に見える。 しかし、私服の光流と、ついさっき別れたばかりだ。 ス… 男はゆっくりとゆき乃の方へ振り向いた。 切れ長の瞳の涼しげな雰囲気の男…。 不思議な空気を纏っている。 …光流では無い。 「だ、誰?お、お化け…?」 ゆき乃は声を震わせた。 「浅き夢見じ、酔ひもせず…」 狩衣の男は、声もまた涼しげだった。 いろは歌のその一説は、「酔ってもいないのに、そんな夢は見たくない」という意味だ。 ゆき乃の言う「お化け」ではないと男は言っているのだ。 「私は、化かすこと等致しません」 そう言った男はゆき乃に向き直り、頭を下げた。 その言葉は標準語に近いが、京都の響きを持つ。 男は顔を上げると、切れ長の瞳でゆき乃を見つめた。 「あ、あなたは…?」 「貴女の異父兄で…御座います」 男は独特の間をとって話す。 「……」 動揺のあまり、男の言うことが理解出来ないゆき乃は黙った。 「私は、貴女の父違いの兄、安倍晴明(あべの せいめい)で…御座いますよ」 男は妖しく微笑んだ。
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