有為の奥山 今日越えて

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五月晴れの太陽は午前中にもかかわらず、強い日差しで照りつける。 背後では、一之宮を担ぐ人々の威勢の良い声が止むことなく響いている。 「ふう…」 光流は人知れず息をついた。 「権禰宜、休憩です」 光流が待ちわびていた言葉だ。 役員の声に馬を引く男は、神馬のエリザベートを道路脇に寄せた。 「……」 観衆や担ぎ手の視線に囲まれている光流は、休憩の喜びなどおくびにも出さず、ツンとした表情のまま静かに馬を降りた。 用意された床几に座ると大傘を持った男が日差しを遮る。 光流は軽く会釈をした。 「…!」 男は豊川だった。 「何を!」 小声で非難する光流に豊川は微笑む。 どのような手段で紛れ込んだのか、豊川は執行役員の袴姿で大傘を持つ。 「権禰宜、お飲物です」 冷えた水を差し出すのは巫女姿の美津だった。 「は?美津さん何でここに…社殿にいるはずでしょう」 光流はコソコソと言う。 「もう、ぬしと離れとうないんやさ」 美津はお美津狐である時の飛騨弁で言った。 「おい!言葉!」 叱る光流に、美津は悪戯っぽく微笑む。 「つーことは…」 光流は見回した。 「…いた」 観衆の中に着物姿のゆき乃がいた。 ゆき乃は、光流の方に手を振る。 「…!」 光流は目を瞬く。 観衆の中のゆき乃の隣に、緑の肌の子供が見えた。 …気がしたが、群衆に紛れたのか、幻だったのか、見えなくなった。 「いるわけねぇよな。俺が封印したんだから…」 目を閉じるとお囃子が少し遠くで聞こえる。 「ヒカル!祭りだー!」 お囃子の音に混じって、ぎーの声が聞こえた気がした。 「権禰宜、出発します」 「…ぎー、祭りだ」 光流は晴れ晴れとした笑顔で呟いた。
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