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「エープリルフール?」
買い出しの帰り、けたたましい笑い声で駆けていった少年達を、いぶかしげな表情で見送った黒衣の魔女は、僕の言葉を調子を変えて繰り返した。
「知りませんか?」
「いや、思えばかつてお前の父に仕掛けられた覚えがある」
余程楽しい思い出だったのだろうか。
彼女の返答が意外なほど穏やかなものであったから、不意に悪戯心が僕にも芽生えた。
「僕らも一つついてみましょうか? 嘘を」
僕のにっこりとした笑みが彼女のキョトンとした瞳に映り込んでいる。
「今更お前についたところで騙されないだろう」
「ガイストがいますよ。まさか貴女が仕掛けてくるとは思ってないだろうから簡単に騙せますよ。僕も協力するし」
あまり乗り気でない彼女を言いくるめ、嘘の算段をつけさせるのは愉しい。
次いでにそっと耳打ちをしてやったのは、祭り好きに対する保険で、つまりは僕も春の陽気にあてられたんだろう。
※※※
「聞いてくれよ、空から飴が降ってきてよ」
宿に戻った僕らを迎えたのは、祭り好きな赤毛と両手一杯のキャンディだった。
出鼻をくじかれた彼女は自分の両手と真っ赤っかな嘘を並び立てる彼とを見比べている。
その目が一瞬僕にも向けられた。
「リッター」
「町はすんげぇ騒ぎで……なんだよ」
自分のできの悪い嘘に酔っていた彼は、彼女の行動に反応が遅れた。
柔らかな唇がその頬に触れた時だって、理解は追い付いていなかっただろう。
「嘘つき見ー付けた」
奴の手に残っていたキャンディが音をたてて散らばる。
「……? これがエープリルフールの作法なのだろう」
確認を求める彼女の視線の先で、僕はついに我慢限界を越えていた。
「ジェス!!? テメェ!!!!!!!!!」
笑いが止みそうにない。
今日は僕の一人勝ち。
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