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「あんたたち、変なとこで喧嘩するわよねー」
咲の言葉に真っ先に反応したのはやはり、と言うべきか単細胞・和真だった。 異議あり、と噛みつかんばかりに過剰反応して咲を振り返る。
「それは刑斗が……!」
「うん? 俺は喧嘩しているつもりは無いんだが」
しかしその機先を削ぐようなタイミングで刑斗が抑揚の少ない声でぼんやりと声を投げる。 それに咲が意外そうな目を向けるが、刑斗は取り繕おうともせずに一言。
「遊んでいるだけだ、和真で」
「せめて『和真と』って言えコラー!!」
「……はぁ……」
しれっと再び和真の怒りの灯油タンクに火種を投じるような発言を放ち、結果またしても和真がギャーギャーと騒ぎ出す羽目となる。
そんないつもの光景に咲はやはりいつも通り溜息と、ほんの少しの微笑を零す、と。
「うーし、授業始めんぞー。 こらそこ、仲良し三人組もさっさと席に着けー」
ガラリ、と教室前方の戸をスライドさせて五限(現文)担当の男性教諭が入室、と同時に刑斗たちに目を留めて苦笑混じりに注意を促す。
これもいつもの事だった。 クラスメートたちもからからと邪気の無い笑い声を上げ、その中を咲はそそくさと、和真は恨みがましそうに刑斗を一瞥してから自分の席に戻っていく。
そう、いつもと変わらない日常。 表面上はどうであれ、大半の人間が深層では願っている平凡な日常がここにはある。
大半の人間、は。
(………………)
刑斗は教科書を開くだけで授業をまともに聞きもせず、ただ黒板の上に掛かっているアナログな時計にボウ、と焦点を合わせていた。
そこに意味は無い。 だが願望はある。 欲望、と言うべきか。
彼の欲望、それは日常の改善、或いは崩壊。 惰性に押されて流されるだけの日常に、彼は辟易していたのだ。
友人と話すのは楽しいが退屈で。 特別嫌なことがあるわけでもない。 『正にも負にも傾かない本当の平凡』には、彼は飽き飽きしていた。
だがそんな日常を壊すような出来事などそうそう起こるものでもなく、それを理解しているからこそ刑斗は埋み火のような苛立ちを覚えずにはいられなかった。
日常は壊れない。
少なくとも、今はまだ。
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