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当然不変に見える日常に於いて退屈な時間と言うものは長く感じられるものである。
刑斗はいつにもまして長く感じられる授業にげんなりしつつも、しかし注意されるのも面倒なのでノートを取っているフリをしながら早く終わらないかと時計を睨んでいた。
カタン。 長針がまた6°動く。 残りは72°、時間に換算して十二分。 それに連動するかのように刑斗の口からまた一つ溜め息が零れ、重く机に沈む。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、板書を終えて生徒たちを振り返った男性教諭が、その視線に刑斗を捉える。
「えー、では今日は二十五日だから……二十五番、禊! 次の段落から読んでみろ」
禊(ミソギ)、とは刑斗の名字である。 つまり彼のフルネームは禊 刑斗(ミソギ ノリト)となるわけだ。
刑斗は当てられて更に溜め息を吐きたい気分になったが、それを表面に出す事無く立ち上がり、指定された場所を読み始めた。
淡々と、大きくも小さくもない声で、何の感情も抑揚も無く。 本当に声に出して読んでいるだけだが、彼からすれば「読めと言われたから読んでいるだけで、どう読めとは言われていない」と言った感じである。
(………………)
クラス中からの意識だけの視線を感じながら音読している間も、刑斗は上の空に近かった。
退屈。 ただその一言に尽きる日常。 不変と言えるほどに変化の薄い日々に刺激を期待するのは愚かな事だ、と彼は悟っていたが、ならどうするかと言う問いに対する答えは持ち得ていなかった。
そんな中、ふと先程和真が話していた噂話を想起する。
(……『囁き乙女』、か)
都市伝説。 日常の裏に潜む非日常。 勿論刑斗は現実と創作の区別がつかない阿呆ではない。 だが、本当は和真を始め多くの人がそう言った非現実的な都市伝説に魅せられる理由は察していた。
結局は皆同じなのだ。 皆、停滞した日々に辟易している。 刺激を求めているのだ。 だからそんな空想をさも本当の事のように語り、一時の刺激を味わおうとする。 和真もそうなのだろう、と刑斗は適当に予想する。
そして、こうも思う。
(もし。 もしその『囁き乙女』なんてモノが存在すると仮定するなら)
もしもの話だ。 ありはしない、そう分かってはいるが想像するのは人の自由だから。
(その『囁き乙女』ってのは……俺の同類かもな)
そう空想し、一段落を読み終えて着席するのだった。
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