18人が本棚に入れています
本棚に追加
「翔太!何処にいるの?私達の翔太は生きてるんでしょ?」
桐谷珠姫(きりたにたまき)は警察官に掴み掛かる。
それを夫の桐谷堅一(きりたにけんいち)が止める。
警察は制服を正しながら夫妻を見る。
その目は同情しているように見える。
「残念ですが息子さんのサンダルが崖で見つかりました。
遺体は発見出来ていませんが犯人に海に落とされたとすれば先ず遺体は上がらないでしょう。」
珠姫は両手で頭を抱え、首を振り、泣き叫ぶ。
「そんな、ちゃんと捜して下さい!私達があきらめたら翔太は!」
警察官は珠姫を見ず、帽子を目深に被り直し、顔を伏せる。
「誘拐事件から三年も経ちますし。田辺も逮捕後自殺していますから。」
珠姫は崖の上に土下座し、警察官に必死で訴える。
「捜査の打ち切りだけは止めて下さい!」
「上からの命令ですので私の力ではどうにも…」
珠姫は顔を上げ、目を見開く。
その瞳には嵐の前を思わせる黒雲の群れと灰色がかった海が映る。
瞳に湛えられた海から一筋の雫。
その雫は珠姫の頬を濡らしていく。
「…そんな。翔太!翔太!」
珠姫の声は辺りに空しく響き渡る。
最初のコメントを投稿しよう!