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『やっと見つけた、屍鬼』
桜鬼が屍鬼と出会えたのは、殆ど偶然に近かった。
月は赤く光り、久し振りに出会えた屍鬼に向けて笑顔を向ける桜鬼の表情を照らしている。
『久し振りだな、桜鬼。お前も……人を食いに山を下りて来たのか?』
見るもの全てを魅入らせる顔立ちと統率者としての風格を持つ屍鬼。鬼里で若い世代の鬼達をまとめて、ゆくゆくは一族の長になるだろうとまでの周囲の期待を受けた目の前の鬼は、透き通った声で彼にあるまじき言葉を口にして、桜鬼の立ち尽くしている傍にゆっくりと近づいて来た。
『人を食って……そんなことをしたら山に戻れなくなる』
『戻る気なんて最初から無い。俺は血肉を食いたいんだ。山の連中みたいに魂だけ食って食欲を満たすなんてしたくないね』
その言葉に桜鬼は絶句し、言葉を止めてしまう。
『でも、血肉を口にしてしまったら穢れてしまう!』
咄嗟に、桜鬼はそう叫んでいた。
『穢れてしまえばもう自然の声も、予見の力も無くしてしまうのに!』
『そんなの、別にあってもなくても不自由はしない。そんな事より桜鬼――、お前は気がつかないか? さすがは都だ。美味しそうな人間がゴロゴロしている』
『屍鬼!今ならまだなんとかなる、山に戻ろう』
『……嫌だ、と言えば?』
『無理にでも連れて行く』
挑発するような屍鬼の言葉に、桜鬼が即座言い放った直後、桜鬼は右肩に走った激痛と、肉を貫かれたような鈍い音に絶叫して、その場に倒れこんでしまった。
『そんな鈍さで俺を山に帰らせられると思うなよ、桜鬼。――もしお前がまだ俺に付きまとわるようなら、次は殺す』
『――屍鬼……っ!』
激痛に耐えながら、桜鬼は自分から離れて行く屍鬼の後ろ姿を見届けるしか出来なかった。
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