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しばらく無言のまま向かい合い、次に行動を起こしたのは諫早だった。
おもむろに懐から布を取りだし、それを二つに引き裂いて何も言わずに、鬼の怪我をしている右肩に手を伸ばす。
「何をする!」
警戒したように身を避けた鬼に、諫早は出来るだけ落ち着いて言葉を掛けた。
「何もしない。ただ手当てをしよう」
その言葉に威を削がれ、鬼は驚いたように息を飲み込んだ。
「見た所酷い怪我じゃないか」
鬼の警戒が解かれたのを感じ取って、諫早は鬼の右肩に布を巻き付ける。
「……お前、怖くないのか?」
確認するように鬼は諫早に言葉を掛けてくる。
「私は鬼だぞ。お前達人間を襲う鬼だぞ?」
「……鬼でも、怪我をしているのには変わりない。それに其方からは私を殺そうという殺気が感じられない」
気持ちに余裕を取り戻したのか、諫早は表情に幾分かの穏やかさを浮かべて鬼と向かい合った。
「直に仲間が集まるだろう、立ち去るといい」
手当を終えて立ち上がり、諫早は自分を見上げる鬼に告げる。
「……私を捕まえないのか?」
意外。とでも言う表情で鬼は諫早の様子を窺う。
「どうしてか、其方を捕らえるのは間違いのような気がするのだ」
少しの逡巡の後、諫早は困ったように笑いながら、立ち上がる鬼の姿を目に留める。
「変わった人間だな」
笑みを含む言葉が鬼の口から零れたのと同時、通りの方から人が駆けつける足音が聞こえて来た。
「諫早―っ!」
克正の声が諫早の名前を呼び、反射的に振り返る。
「速く行け……」
その言葉を口にしながらもう一度振り返った時には、そこに鬼の姿はなかった。
「――いない……」
姿を探すように辺りを見回しても、何処にも鬼の姿はなかった。
「諫早、無事か!?」
急いで走り込んで来たらしい克正は、諫早の姿を見つけるなり、呼吸も整えずに言葉を掛けてくる。
「見ての通り」
「そうか。……それで、何かあったのか?」
その質問に首を横に振って答え、諫早は克正と共に歩き出した。
「こっちは何も変わった事は無かった。野犬の方はどうなった?」
「そっちは応援に来た連中に任せて来た。――直に夜が明けるから、今宵はもう騒ぎはないだろうな」
足早に他の検非違使が集まっている所に戻ると、状況報告を済ませて二人は警備交替をして宿舎に戻って行った。
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