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4
同年、4月3日。午前4時20分。
まだ薄暗く、朝靄が覆う高地の外れにその人物はいた。
万年雪を被った山脈を彼方に捉え、冷たく乾いた風にライトグレーのコートの裾をはためかせ断崖に立つ1人の青年。
北風に靡く、艶やかな黒髪の間から覗かせる茶色い双眸。口元には薄く笑みが窺えた。
彼の左手には、耳から離した携帯電話。
「ふふっ……。相変わらずだな、兄さんは」
そう言い、彼――刹那はくすりと笑みを溢した。だがその言動からは、彼自身がどこか瞬矢の反応を楽しんでいるようにすら見て取れる。
刹那は、通話を終えた携帯をコートの左ポケットに仕舞う。そしてそこから何か書かれたメモを取り出し視線を落とすと、今度はゆっくりと両目を閉じる。
(彼女のくれた情報が正しければ、この先で間違いない)
瞼を持ち上げた時、彼の瞳の色は茶色から淡く光を帯びた薄紫色に変わっていた。
白みだした空のわずかな光に照らされ、視界に青々とした木々が広がる。
眼下には、ヴルタヴァの如き雄大な湾曲した河川。その対岸に、今の刹那の目的とする場所があった。
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