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ガチャン
「…」
「あっ、おかえり」
「ただいま」
まるで蚊の鳴くような声。
「柏原!月9が決まったんでしょ!」
「なんで知ってんの」
「美苑から聞いた!ファイト!」
大きくため息をつく柏原。
そのため息がムカつくんだよ、わたし。
「これ以上、踏み込んで来るなよ」
「…へ?」
「俺の心の中に踏み込んで来るなって」
柏原の言いたいことがわからなくて戸惑う。
踏み込んで、来るな?
「俺は嫌なんだよ。
人が俺の心に踏み込んで来ることが。
信じるだけ無駄だし、傷つく。
それは裏切りや妬み、恨みや憎しみ。
人間特有のそういう気持ちが踏み込んで来て、また傷つく。
だったら最初から関わらないでいたほうが」
「それは違うと思う」
「…なにがだよ」
「柏原が言ってることは間違ってないと思う。
でも人を信じられなかったら、自分も信じられないんじゃない?
俳優って自分を信じる仕事でしょ?」
「バカじゃね」
「バカ!?」
「いまの言葉、月9のセリフ。
おまえこそさ、人のこと信じすぎだろ」
「最低っ」
本気で相談されたのかと思って、本気で答えたのに…。
そう思ったら悔しくて涙が。
もうすぐこぼれそうだけど、堪える。
「本気で、信じたのにっ」
「夕飯、サンキュ。
今日は遅いから帰れよ」
「…言われなくても、帰る」
荷物を手早く持ってドアを勢いよく閉めた。
大きな音をたててドアが閉まる。
わたしはこのとき、三門先輩だったら…と想像していた。
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