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「曾祖伯母は生きています。あの日と同じ姿のままで」
目の前の老婦人はそのように語った。当初、ヴィクトーはそれを老婦人の一回想における比喩の一種だと思っていたが、実際に卵細工師フェロメナ嬢の私室に入室するに至って、それが真実であることを知ったのだった。
前々世紀、若干15歳にして天才の名を恣にした少女芸術家フェロメナは、16歳の誕生日を翌日に控えた或る秋の日、忽然とその姿を消した。その伝説が、卵細工師フェロメナをより神秘的な存在にしているのだが――事実、フェロメナが今も尚、【神秘】によって包まれていることを、ヴィクトーはその目で認めることになったのである。……それは灰銀の繭だった。フェロメナの私室に据えられた大きな天蓋付きの寝台に安らかに眠る銀繭、その繭が銀髪の渦であることに気が付いたのは、余程近くへ歩み寄ってからである。球状に渦巻く自身の銀髪に護られて微かな吐息を洩らしているこの少女こそ、紛れも無く卵細工師フェロメナ本人なのだった。前々世紀の少女がそこにいた。褪せた肖像画で見るよりも遥かに生々しく、虚ろな視線を繭の中に漂わせて――時折、瞬きさえして。
「生きている」
黒縁の眼鏡をかけ直し、ヴィクトーは眼を見開いた。
「――フェロメナが生きている」
「あるいは眠っているのかもしれませんわ」
老婦人の声は、何かに疲れたように嗄れていた。ショールを掛け直して、私室の窓から広大な庭園に目を遣る。この老婦人が、彼女の曾祖伯母つまりフェロメナのことを語るとき、その声に不思議な響きが伴うことを、ヴィクトーは前々から気がついていた。こうしてフェロメナの私室で、そのフェロメナを目の前にしてみると、いよいよその傾向が強く見られるようだった。
けれどもヴィクトーは、そんな老婦人の様子など歯牙にもかけず、ただ灰銀の繭に包まれたフェロメナに見入っている。外界から遮断された永遠の純潔、絶対純正卵……これが稀代の卵細工師フェロメナの最高傑作であることは疑いようがなかった。
「どうか気をつけてください」
老婦人はヴィクトーの背後に回り、いささか強い語調で言った。
「貴方の前任者は、この曾祖伯母の為に死んだのですから」
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